大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋家庭裁判所 昭和48年(家イ)1770号 審判

国籍 米国コロラド州

申立人 タミ・ハイド(仮名)

住所 京都府向日市

相手方 町田勝一(仮名)

主文

相手方は、申立人を認知する。

理由

一  申立人は主文と同旨の審判を求め、その事由としてつぎのとおり述べた。

(一)  申立人の母は、もと日本人で、佐々木勝子といつていたが、昭和三八年五月一六日、アメリカ軍人として日本に駐在していたジョージ・J・ハイド(当時の国籍はフランスもしくはカナダ)と結婚した。

その後、ジョージは昭和三八年六月帰米し、帰米の途次ハワイでアメリカ合衆国市民権を取得した。申立人の母は、夫ジョージより二ヶ月遅れて渡米し昭和四一年八月二六日、志望によりアメリカ合衆国国籍を取得し、昭和四二年三月三日日本国々籍を喪失した。

(二)  申立人の母とジョージは、渡米後コロラド州オーロラ市○○通り○○○番地に住所を定め、夫婦生活を営んでいたが、昭和四三年にいたり、ジョージが病気のため長期間入院生活を送らねばならなくなり、二人の間では夫婦の肉体関係は不可能となつた。

(三)  昭和四四年一二月頃、申立人の母は、当時勤務先の○○○株式会社からアメリカ出張を命ぜられてコロラド州デンバー市に滞在していた相手方と知り合い、同人と継続的に肉体関係を結ぶようになり、昭和四五年一〇月五日相手方の子である申立人を上記オーロラ市で出産した。

(四)  このような事情があつて、ジョージは、申立人の母を被告としてコロラド州地方裁判所に、極度の反覆された虐待行為があつたとして離婚の請求訴訟を提起し、昭和四七年三月一〇日同裁判所で離婚判決がされた。なお、同判決において申立人の母が申立人の監護者になることが宣言された。

(五)  相手方は、昭和四六年一〇月、日本に帰国し、申立人の母も申立人とともに上記離婚判決前の昭和四六年一一月一五日に日本に帰国し、その後申立人の母は申立人を連れて名古屋市瑞穂区○○町一丁目○○番地で相手方と同棲し、ついで相手方肩書住所に転居した。

(六)  以上のように、申立人は、相手方と申立人の母との間に生れた子であるが、申立人の出生当時、申立人の母とジョージとの間に法律上の婚姻が継続していたので、両者の間の嫡出子の推定をうけその旨登録されている。しかし、この登録は真実に反しているので、ここに相手方の認知を得て相手方と申立人の母との間の子として戸籍に登載されたく本申立に及んだ。

二  本件について、昭和四九年二月一三日の調停委員会で、相手方が申立人を認知することの合意が成立し、その原因についても争いがなかつた。当裁判所において、記録添付の戸籍謄本、申立人の母とジョージ間のコロラド州地方裁判所の離婚判決書、同離婚訴訟における申立人の母の宣誓口供書、名古屋市瑞穂区長の登録済証明書、当裁判所調査官田近尚の調査報告書等によつて必要な事実を調査したところ申立人の主張する事実が認められる。

三  なお、ジョージが昭和三八年六月アメリカ合衆国々籍を取得した当時、カナダもしくはフランスの国籍を有していたことは上記のとおりであるが、そのいずれを先きに取得したかは判然としない。しかし、当時のカナダ市民権法(一九四六年法律)第一五条、フランス国籍法(一九四五年一〇月一九日施行)第八七条によれば、いずれも外国の国籍を取得した者は自国の国籍を失うものとされているので、ジョージは、アメリカ合衆国々籍を取得したことによつて、カナダあるいはフランスの国籍をすべて喪失しアメリカ合衆国国籍のみを有するにいたつたものと認められる。そして、申立人がアメリカ合衆国コロラド州オーロラ市で出生し、アメリカ合衆国の国籍に関する法律により同国々籍を取得したことは、上記資料によつて明らかである。

四  ところで、本件は、アメリカ合衆国々籍を有する申立人が日本国籍を有する相手方に対し認知を求める事件であるが、申立人も相手方もともに日本に居住しているので、このような場合には国際私法生活における正義公平の理念からみて日本の裁判所が国際裁判管轄権を有するものと解する。

五  そこで、本件の準拠法について判断するに、子の認知の要件については、法例第一八条、第二七条第三項によれば、各当事者の属する国、また地方により法律を異にする国の人民についてはその者の属する地方の法律によつてこれを定める、とされている。これを本件についてみれば、認知の要件は相手方については日本法、申立人については、同人がコロラド州オーロラ市で出生し、日本に居住するまで同市に住んでいたので、不統一法国であるアメリカ合衆国のコロラド州の法律によることになる。

ところで、わが国の民法によれば、任意認知または強制認知の規定を設けることによつて非嫡の子の父子関係を法律上確定し、しかもこのような関係が生じなければ非嫡の子は父子間の法律上の効果を受けることができない建前になつているのであるが、コロラド州法では認知は全く認められていない。しかし、申立人の属するコロラド州法が認知を認めないからといつて、申立人に日本人である相手方に対する認知の請求を許さず、また相手方の任意の認知を認めないとするのは、申立人の幸福を著じるしく阻害し、わが国における親子関係の法律秩序に反することにもなり、法例第三〇条にいわゆる公序良俗に反する場合に当るものといわなければならない。そうとすれば、申立人の属するコロラド州法が認知の請求を認めないとしても、相手方の属するわが国の民法にこれを認める規定がある以上、法例第三〇条に則り本件認知の要件をわが国の民法によつて定めるのが相当である。

六  認知の要件については、わが国の民法によれば、被認知者である申立人は非嫡の子でなければならない。そして法例第一七条、第二七条第三項によれば、子が嫡出であるかどうかはその出生当時の母の夫の属した国、また不統一法国の人民についてはその者の属する地方の法律によつてこれを定めることになつているのであるが、申立人の出生当時、ジョージと申立人の母との間になお法律上婚姻関係が継続していたのであるから、申立人が嫡出であるかどうかは、ジョージが申立人出生当時コロラド州オーロラ市に住所を定めていたので、同人の属したと認められるアメリカ合衆国コロラド州の法律によつて定めることになる。ところで、コロラド州法では、普通法に則り妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定される反面、夫が性的不能者であるか、完全に不在で妻と一切の交渉をもちえないか、子が当然懐胎されたと思われる期間中完全に不在であつたか、また全く性的交渉がなかつたことなどの十分な証拠があれば、その推定を完全にくつがえすことができることが認められている。そうとすれば、申立人は一応ジョージと申立人の母との間の嫡出子と推定されるが、申立人は本件においてこの推定を争うこともできる。

そして、本件では上記調査官の調査報告書によれば、申立人が懐胎されたと思われる期間に、ジョージが入院治療のため長期間申立人の母と全く性的交渉がなかつたことが明らかであるので、この推定は完全にくつがえされたと認めることができる。

したがつて、申立人は嫡出子ではなく、上記事実関係からみて申立人の母と相手方との間に出生した非嫡の子といわなければならず、わが国の民法における認知の要件を全て充たしているので、申立人の本件申立ては理由がある。

七  そこで、当裁判所は、調停委員山田鐐一、同石原頼子の意見を聴いたうえ、家事審判法第二三条に則り、主文のとおり審判する。

(家事審判官 至勢忠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例